さまざまなストレス障害
ストレスといっても人それぞれです。
いろんな形での症状がありますのでここではそれを紹介しておきましょう。
DSMは、精神医学の方面で革命的なアプローチをもたらしたものとして知られている。普及した理由は、
- 病因論などに余り踏み込まずに精神症状のみを論理的推察と統計学的要素を取り入れ分類した事で、
- 診断基準が明確になり、今まで医師の主観的な傾向にあった精神疾患の判断に対して、客観的な判断を下せる様になり、
- 医療スタッフ側の意見や伎倆の差異による診断の違いが最小限となった事にある。
ただし、診断基準の内容や疾患分類の妥当性については疑問視する声も少なくなく、政治的・経済的な圧力に左右された経緯のある事から純医学的概念ではないとも指摘されている。
[編集] 内容
DSMにおいては、各疾患においてA・B・Cの診断基準が示され、「AからCの全てが当てはまる場合」その精神疾患であると診断される。
A・Bは具体的な病像が列挙されるが、C基準は「その症状が原因で職業・学業・家庭生活に支障を来している」となっている。
C基準が無ければ、世間の誰もがDSMに挙げられたいずれかの精神疾患の基準を満たしてしまうからである。特に人格障害においてはその傾向が強い。
本書には、「DSM-IVは、臨床的、教育的、研究的状況で使用されるよう作成された精神疾患の分類である。診断カテゴリー、基準、解説の記述は、診断に関する適切な臨床研修と経験を持つ人によって使用されることを想定している。重要な事は、研修を受けていない人にDSM-IVが機械的に用いられてはならない事である。DSM-IVに取り入れられた各診断基準は指針として用いられるが、それは臨床的判断によって生かされるものであり、料理の本のように使われるものではない。」と書かれており、非専門家による使用を禁じている。
また近代精神分析学や近代精神医学が分類・診断を始めたことで、それまでは個性や属性の一つと捉えられていたものが、疾病や障害や症状とされ、治療の対象にされるようになるなど、人間の世界に新たな差別が持ち込まれることとなった[1]。その点、血液型性格論と酷似している。また、書店に溢れる心理学や精神医学関係の類書が、一般の人に危うい読まれ方をされているのも事実である[2]。素人が聞きかじりの知識で周囲の人を診断してしまうなど、差別や偏見を広めている面もあるからである。その一例が、M・スコット・ペックの『平気でうそをつく人たち~虚偽と邪悪の心理学~』(草思社 1996)である。雑誌『諸君』(文藝春秋 1997年8月号)で香山リカは『「平気でうそをつく人たち」の危ない読まれ方』と題して、その危険性を批判した。
なお、診断基準にDSMではなく、ICD-10を採用している病院もある。
[編集] 問題点
また、近年の目覚しい脳解析学や脳神経科学等の進展により、精神科医によるDSMを基準とした問診による診断が時代遅れになりつつあるのも事実である。日米などで精神科医による精神鑑定結果や診断名が異なることは往々にしてあり、誤診や患者の詐病もあることなどから、日本においては精神科での診断を問診から脳科学的な客観的根拠を持たせるように切り替えようと各大学や研究機関で研究が始まっている[3]
[編集] DSMの日本語名
"Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders" の訳語として「精神障害の診断と統計の手引き」や「精神疾患の分類と診断の手引」、「精神疾患の診断・統計マニュアル」、「精神疾患診断統計マニュアル」などがあり、定訳と呼べるものは無い。多くの場合、単に DSM と呼ばれる。
[編集] 補足
- ^ 「オカマは差別か」(ポット出版2001年 P59)
- ^ 『「平気でうそをつく人たち」の危ない読まれ方』香山リカ 諸君1997年8月号)
- ^ 2005年5月30日朝日新聞朝刊「進化する画像診断 心の病画像で探知」
急性ストレス障害
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急性ストレス障害(きゅうせいストレスしょうがい、Acute Stress Disorder - ASD)とは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と似たような症状を起こすが、基本的に生死に関わるようなトラウマ(心的外傷)体験後、トラウマに関わる神経症の症状が4週間以内に自然治癒するものを差す。
症状が4週間以上続く場合、PTSDを考慮する。
複雑性PTSD
複雑性PTSD(ふくざつせいぴーてぃえすでぃ、Complex post-traumatic stress disorder、C-PTSD)とは児童性的虐待など長期反復的トラウマ体験による心的外傷後ストレス障害である。DESNOS(Disorder of Extreme Stress not otherwise specified)とも呼ばれる。
概説
複合的な心的外傷後ストレス障害は(C-PTSD)は、暴行、性的虐待、家庭内暴力、拷問及び戦争のような長期の対人関係の外傷に起因する臨床上で認識された病気である。PTSDはC-PTSDに比べ慢性的な安全の感覚、信用、自尊心などの損失、再被害傾向などが起こらない。C-PTSDは、DSM-Vの考慮の下にある。C-PTSDは感情的なこと、そして対人関係の機能の多くの領域における慢性的な困難が特色である。
その症状としては感情調整の障害、解離症状、身体愁訴、無力感、恥、絶望、希望のなさ、永久に傷を受けたという感じ、自己破壊的および衝動的行動、これまで持ち続けてきた信念の喪失、敵意、社会的引きこもり、常に脅迫され続けているという感じ、他者との関係の障害、その人の以前の人格状態からの変化などが含まれる。
そのため、DSM-IVに載っている戦争や事故などによるものは単純性PTSDと通称し、それに対しレイプ体験など複雑な体験によるものは複雑性PTSDと呼ぶことを治療者は提唱した(DSM-IV-TRでは一症状として取り上げられた)。もしくはこれを指してDESNOS(Disorder of Extreme Stress not otherwise specified)と呼ぶことを提唱している研究者もいる。その研究者としてはジュディス・ハーマンやvan der Kolkなどが知られている。
しばしば外傷にさらされた子供及び介護人は、心的外傷後ストレス障害のいくらかの特徴的な徴候に苦しむ。子供は悪夢及び外傷後の経験によって外傷を再び経験するかもしれない。また、もしくはその行動からの回避を示す。しばしば外傷にさらされた子供は、発達の混乱、素行問題、愛着関係の問題に苦しみ、そして児童養護施設や障害性の学校で育つ。
Judith Hermanは著書『心的外傷と回復』において「過覚醒」「侵入」「狭窄」というPTSDの3つのステージを述べている。「過覚醒」は絶えず危険を予知するための極度の不安、「侵入」はフラッシュバックや悪夢による過去の体験の再体験、「狭窄」は変化した意識状態や麻痺状態などの無力状態を指す。[1]
一方、van der Kolkによると、PTSDは「過剰な反応性」と「表面上の無感覚」の二様相からなり、刺激に対する過記憶や過剰反応、トラウマの再体験と同時に、心理的麻痺、回避、健忘、無快感症(アンヘドニア)が並存するという。これらの結果として脳の変化が起こり自律神経システムは崩壊し、認知的・行動的変化の原因となったり、その促進材料になったりする。
Burgessは、子供時代のトラウマによる一種の記憶への刷り込みを「Trauma Learning」と名づけ、PTSDにおける記憶の特徴を再演(回想、断片化、フラッシュバック、強烈な感覚的経験)、反復(再被害化、攻撃者や被害者への同一化)、置き換え(トラウマの加工、異常な性幻想、異常性愛、精神病様反応)の3つに分類した。また、PTSD発症が遅延している状態として、回避(性行動回避、鎮静系の薬物依存、身体化、抑うつ反応)、攻撃(危険な行動、反社会的行為、刺激系の薬物依存、性行動過多)の二つを挙げた。
[編集] PTSDとの違い
現在トラウマによる後遺症全般がPTSDという言葉で流通している。ところが、性的虐待の後遺症は愛着の持ち方、人格形成など広範な影響が認められ、精神障害の診断と統計の手引き(DSM-IV)に載っていたPTSDとは明らかに異なることが明らかとなり問題となった。PTSDパラダイムとして問題化されたのは、以下の点である。
- 現在の場合、何年も経った場合PTSDではないとされるが、実際には何年も経ってからでも起こりうる。外傷的事件とトラウマ反応との直線線的因果関係は、事故や災害など一度限りの事象を捕らえることには適しているのだが、現実の性的虐待においては複数の外傷的事件が重なって起こるため、きれいな因果律は描けないのである。事件の影響でドミノ的に別の事件を呼んでしまったり、二次的被害が起こったり、フロイトの言うところの「事後性」(後付の解釈)により外傷的な作用が作り出されたり、些細な事により過去の事件がフラッシュバックで再演したりしてPTSDが発症したりするのである。
- レイプなどの事件がさほど重視されない傾向があるが実際にはそんなことはない。この原因は外傷的事件の事例を「生命や身体の保全に関わる危機」や「恐怖・無力感・戦慄」に限っているため、モラル意識や社会的タブーの意識の侵犯、喪失や屈辱などの暴力、被差別体験やマインドコントロールが、軽視され、罪悪感や裏切り、存在否定など主観的経験が二次的なものとしてしか扱われないところにある。
- PTSDに属さなければトラウマでないと誤解されがちであるが、実際には欝、不安、パニック、解離、嗜癖、自傷行為、摂食障害などはよく起こるもので、現在のPTSD概念はそれらの症状に対し、複数の病名を付けることを医師に余儀なくさせている。免疫力の低下が起こり、身体疾患に罹患しやすくなることもある。また、トラウマが固定化し人格障害の形をとることもある。また、アルコール依存や薬物依存もPTSDの過覚醒状態における自己投薬とも言われ、ヒステリーや身体化障害、疼痛や不定愁訴などの症状も認められる。
また、境界性人格障害の患者の多くがインセストの体験者であるというデータもあり、実際には内因性ではなく外傷性の事件によって引き起こされた境界性人格障害の患者が非常に多いとも推測されている。Stone(1981)によると75%が近親姦の体験者であるとされており、多くの境界性人格障害患者が性的虐待を受けているというのは間違いない。ただし、愛着関係に障害があったために性的虐待のターゲットにされてしまった可能性を否定できないため、これに関してはさらなる研究が必要である。
トラウマの反応としては、概して境界性人格障害、自己愛性人格障害、反社会性人格障害、妄想性人格障害、解離性障害、転換性障害、身体表現性障害、摂食障害、アルコール依存、薬物依存、強迫性障害、非行、犯罪、性的逸脱、性同一性障害とされているもの原因にはそれらの外傷的事件が関与している場合がある。もちろん内因性の場合もあるが、それは外傷性の事例を否定することにはならない。例えば白血病は内因性のものも放射線によるものも存在する。すなわち原因が全く異なっていても全く同じ症状が現れることがあるので、それらはいずれの可能性も考える必要がある。
[編集] 外傷的解離
複雑性PTSDの主症状は解離である。解離現象は現在、それまでのジークムント・フロイト(1900)の抑圧の理論に変わって重視されている。解離は抑圧の理論を提唱したフロイトを始めとして、多くの学者が早期のトラウマ体験の症状として述べたものであり、ジャン=マルタン・シャルコー(1887)や弟子のピエール・ジャネ(1887)が提唱したものである。
解離とは意識に上る前にある心理内容と、他の内容との連結を無意識的に断絶する事を指す。一方で抑圧というのはそれらを積極的に追い出すことで葛藤がもたらすものを支配することを指す。それゆえ解離状態の体験が意識化された際は本人の苦痛は激しいが、抑圧の場合はそれがない。
解離状態は精神的苦痛から自己を守ろうとする自己誘発性催眠により発生し、結果別々の心理内容は接点を持たず並存し、精神的な不調和を警告する繋がりが消滅し、同じ対象に対する自己内部の異なる感情は全くの矛盾なく並存しうるため、過去の心理的外傷を混乱した感情から分離する事が可能となる。その混乱した感情自体は意識に表出する事はなく、言語に象徴化されない。
人間は通常広義で経験を解離するがこれは非防衛的なものであり「整理されていない体験」と呼び「広い意味で」解離しているとする。解離の能力は人間の人格発達においての構成要素の一つでもあり、通常の人間は「非自己」に対し「厳密な意味で」解離現象を起こし、一貫した自己感覚を確立する。
van der Kolk(1996)は心的外傷に関する解離現象の推移を研究し、一次解離、二次解離、三次解離の順に推移するとした。まず、一次解離においては圧倒的恐怖により知覚が断片化される。二次解離においては離人症や現実感の喪失が見られ、痛みや苦痛の感覚の消失が起こる。最後の三次解離の状況においては外傷的体験を担うため別の自我状態が現れ、この時点において具体的な解離性障害の臨床像を呈することになる。
外傷的解離は心理的外傷を生み出す圧倒的状況に対する精神的適応反応であり、それらは日常体験としての白昼夢等の解離現象の一端の解離連続体とされる。連続体仮説はBernstein、Putnamらにより提唱されたもので、健常な解離(normal dissociation)、解離性健忘(dissociative amnesia)、解離性遁走(dissociative fugue)、特定不能の解離性障害(dissociative disorders not otherwise specified、DDNOS)、解離性同一性障害(dissociative identity disorder、DID)の順に複雑性が増していくとされる。
この外傷的解離により自我から分離した体験は、自我の認知処理能力を超えた情報であり、象徴化されない原情報のまま保存される。自我は分離し、複数の自己状態が作り出され個々に組織化され、互いに異なった思考、記憶、感情、行動を持ち、それぞれ別々に麻痺と侵入の機能により意識に上る。その際、それらの分離した自己状態は侵入的印象、暴力的再演、極度の悪夢、不安反応、心気的症状、極限的身体感覚等を与え、自己の存在を示す。外傷的解離は情報処理メカニズムを閉鎖し、心理的苦痛の感覚及び記憶の新たなる侵入を防ぎ、心的外傷による自己の崩壊を回避する事が可能となり、その状態において統合された自己感覚の保持に成功するのである。
Hermanは著書「心的外傷と回復」においてこれを「解離的技巧」と呼び、性的虐待を受けた人はこれにより現実検討能力を低下させ自らの苦痛を複雑な健忘の内部に隠してしまうことを述べた。しかしこれには弊害があり、Hermanは「心的外傷と回復」の増補版において自らが解離を防衛機制として評価しすぎたことを反省し、解離がレイピストたちによる再被害を容易にさせてしまうことを述べている。[1]
その状況は心理的外傷を生み出す圧倒的状況が過ぎた後も保持され、自己の本来的な感情、記憶、危機意識を麻痺させ現実検討能力の全般的低下をもたらす。また、解離の働きが不完全な場合、保障行為としての解離的適応行動としての一時的防衛の一つとして嗜癖行動等をきたす。さらに解離の働きが不完全となりそれらの防衛が突破されると、性的強迫観念に基づく不特定多数との性行為など危険な行動を起こす。
この性的強迫行動をGold(2002)は「性嗜癖・強迫衝動(sexal addiction/compulsivity、SAC)」と呼ぶ事を提唱した。SACの状況においては通常の性の喜びは存在せず、単純な性的興奮及び麻痺、屈辱感、不快感がもたらされる。また、解離性トランスも促しており、痛覚消失物質オピオイドも同時に発散されている。
[編集] 多重自己状態
古典的なアプローチは自己の内的葛藤の解決をすることにより問題の解決をしようとした。だが、1990年代に入り多くの学者により、多重自己状態(multtiple self-states)と呼ばれる状態がポスト構造主義的な立場により一般的にも適応されうるとされ、状況は一転した。実際には、人はみな多重自己状態にあるのであり、それが時とともにその非連続性に気づくよりも、自分自身が一人の確固たる人間であるという必要不可欠である錯覚を人にもたらすようになるのである。Rivera(1989)は「自己の統一性」などという概念は、単に文化的規範を押し付けているに過ぎない危険なフィクションと呼んだ。
Rivera(1989)によると通常は個人の中心的意識において異なった自己状態における複数の視点や感情状態を同時に抱える事ができるとされ、これを「パラドックスに耐えうる能力」と呼んだ。Pizer(1996)はこの立場における多重自己状態は人格に標準的に解離が組み込まれているため「配置された多重自己」と呼び、一方外傷的解離によるものは組織化されたものであるため「解離した多重自己」と呼ぶことを提唱した。配置された多重自己と解離した多重自己の最大の違いは、健康な場合はそれぞれの自己状態間の相互連結が容易に出来るのに対し、心的外傷を受けた場合この行動が行われない事である。
Putnam(1997)は「離散行動状態」として、解離のために欲望されると応じてしまうという関係が複数生じてしまうために、結果的に自分自身の人間としての整合性を失うような場合に適応されるというモデルを提唱している。これは近似し、また重複しているものの解離性同一性障害とは限らない。解離性同一性障害の場合ははっきりと異なっているが、この場合様々な多重自己のコーラスのようになって自分の行動が決定される。
このように、対人関係の分だけ人格があるという考えは、古くは小説家のマルセル・プルーストや、精神分析家のハリー・スタック・サリヴァンも述べている。だが、こうした考えはコンセンサスが必ずしも取れているわけではない。
抑圧された記憶
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抑圧された記憶(よくあつされたきおく、Repressed Memory)とは無意識下に封印された記憶のことを言う。回復した際の記憶のことを回復記憶(かいふくきおく、Recovered Memory)という。
概説
人によっては確かにこのような記憶を持っている。自分の記憶の一部があまりに辛いもので、今自分が健やかに生きてゆくのに極端に妨げとなる時(例えば、自己イメージや自分の心理的な存在基盤等を著しく損なう記憶など)、人によっては「反射的」あるいは「衝動的」とでも呼んでよいような方法でその記憶を抑圧することがある。また軽度な例では、自分自身の今と将来のために、一部の記憶を決して思い出さないようにしようと意識的・理知的に決断し、何らかの心理的な努力をする人も多い。例えば身近な例では、失恋した人などで、思い出の品や写真を完全に処分し、記憶も一切想起しないように繰り返し努力し、それに成功し、やがては自分が想起しないように努力していたことすら想起しないようになり元気になってゆく人は、よく見られるものである。
ただし、米国を中心に「過去に性的虐待があったに違いない」との先入観を持った一部のセラピストによるセラピー等により「全く性的虐待を受けていない人」が「性的虐待を受けたと思い込む」事態が頻発したこともある。したがって特にセラピー等を受けた人の記憶については、それが「抑圧された記憶」なのかあるいは「虚偽記憶」なのか、その判別については注意を要する。
[編集] フロイトと「抑圧」の概念の関連
オリジナルの「抑圧された記憶」の概念を提唱したのはジークムント・フロイトである。彼によるとこの記憶は性的虐待の記憶の耐えられない苦痛から発生し、その記憶は無意識の領域に封印され、それが意識に影響を与え続けるのだという。このためアメリカでは1980年代から1990年代にかけ回復記憶運動が起こった。
フロイトは1896年に『ヒステリーの病因について』を発表し、ヒステリー患者の女性は幼児期の性的虐待が独:Trauma(トラウマ→心的外傷)となり精神疾患を引き起こすとする「誘惑理論」を公表した。彼は女性12人、男性6人の患者を診察し、一人の例外もなく幼児期に性的虐待を受けていた事実を突き止めていた。ところが、この1年後前説が変わり、性的虐待の事実は無く幼児性欲による幻想であると唱えた。ただし、同時にそれらの記憶は心の真実として意味を持つとしたため、決していい加減に扱っていいと唱えたのではない。
だが、この説の変換のために性的虐待が認められ始めたとき性的虐待を受けた人間は、記憶が幻想であるとしたフロイトを非難し、一方で訴えられた方はフロイトは抑圧された性的虐待の記憶が神経症の原因になるというでたらめな心的外傷論を打ち立てたとしてフロイトを非難するという状況が1990年代初めに作り出された。この結果、フロイトは「記憶の幻想の主張」(主に被害者側)と「記憶の捏造の促進」(主に加害者側)の面で二重の非難を浴びる結果となり、フロイトの地位は一度かなり落ちてしまった。ただ、現在は神経学者らがフロイトの考えにフォローを入れたので少しは復活している。
なお、転換後のフロイト自身の説は前期と後期とで大きく違っている。前期においてはLibido(リビドー)を一種の生命力と捉え、それを抑圧することが病理を引き起こすというものであった。この段階でフロイトは初めの「誘惑理論」の説を変化させ、「エディプス・コンプレックス」の概念を提唱した。だが、エレン・バスの『The Courege to Heal』(1988年)もジュディス・ハーマンの『Trauma and Recovery』(1992年)も実はフロイトは心的外傷論自体は全く放棄していない事に気づいていない。
フロイトは問題の説の転換のさらに後にその説を再び変化させ、内在化された社会的な禁令(タブー)に目を向けだす。1923年、フロイトは『自我とエス』を発表。深層心理の考えに基づいたそれまでの独:Bewusstsein(「意識」)、独:Vorbewusste(「前意識」)、独:Das Unbewusste(「無意識」)から変化し、新たなる独:Über Ich(「超自我」)、独:Ich(「自我」)、独:Es(「エス」)の局所論的観点を唱える。
それによると、社会的禁令が内面化されたものが「超自我」と呼ばれるものであり、人間が欲動に駆られた際に、それと反発する超自我との葛藤が起こり、これにより精神が不安定になるのだという。つまり、リビドーの抑圧が精神の不安を引き起こすのではなく、精神の不安こそが抑圧を引き起こすと自らの説を訂正したのである。アンナ・フロイトはこのテキストを重視し、自我心理学を開き、自我を強くする事こそが病理を直す助けになると唱えた。
また、一方で彼は「対象リビドー」(性欲動)と「自我リビドー」(自己保存欲動、自我欲動)の当初の二元論を変化させ、独:Lebenstrieb(生の欲動 アメリカでの訳エロス )と独:Todestrieb(死の欲動 アメリカでの訳タナトス )という概念も提唱した。1920年フロイトは『快感原則の彼岸』を発表し、この新たなる二元論を表明した。この概念は後にPTSDと呼ばれることになる外傷神経症の患者の悪夢の研究で考え出されたものであった。それによれば外傷性の悪夢にはタナトスの概念が働いていて、何度も何度も反復強迫的に悪夢を見続けることで統一性を破壊し永遠の休息を得ようとするのだという。
エロスとタナトスの二元論に基づき、「必死に生きたい」と「死を追い求める」の混合した感情を外傷神経症患者が持っているとすると、その患者は客観的には狡猾で曲がりくねった性格で、紆余曲折だらけの行動を行い、逆説的で奇妙な言動を行う人物に見えるかもしれない。だが、それこそが性的虐待サバイバーの毎日でもある。アンナ・フロイトのやり方は間違っていると述べ「フロイトに帰れ」と唱えたジャック・ラカンはこちらのテキストを重視した。
また、フロイト自身も子守女性レジから性的虐待を受けていたのではないかとも言われ、彼の話は彼自身患っていた神経症の症状を記述したものであるとも言われるので、その辺りも考慮する必要もある。果たして、性的虐待の記憶に関係した事象の歴史が彼の思考のように変遷するのかは分からない。ただ、近年の脳科学研究においては前頭前野による極限的判断が抑圧された記憶を作り出している事が示唆される[1]。また、Thomas Percy Rees(1899-1963)によれば超自我が前頭葉の働きに依存する事がロボトミーの実験から示唆されている。van der Kolkによれば皮質の体性感覚野の内部の記憶がフラッシュバックやパニックの発作で表現されるという[2]。だが、現在のところ、理論として確立され広く容認されるまでには至っていない。
[編集] 名称の問題
この記憶の事は「抑圧された記憶」の名称で一般化され、日本ではそれを批判したエリザベス・ロフタスの『抑圧された記憶の神話』(2000)のために完全に普及している状況だが、様々な事情から不適切な名称と考える向きもある。なぜなら、通常の心理学用語でいう「抑圧」は記憶に重点を置かず衝動及び感情を考えているため、記憶が抑制されるという意味の「抑圧された記憶」の概念とは異なるためである。
リチャード・ガートナーは抑圧の場合意識からそれを積極的に締め出す事でその葛藤がもたらすものを支配する事を指すため、思い出してもある程度まとまりを持ってなじみのあるものとして思い出されるのだが、実際には現在は抑圧より解離の方が重視されており、そのため記憶を思い出す事はその直前の状況と同じ状況で断片的な記憶として再体験されると述べている[3]。
だが、その場合はあらゆるトラウマティックな事象に対して健忘という手段を用いている場合があり、その対処方法すなわち全ての事象を解離させる事で現実に対応しようとする方法がこの患者では問題とされる。そのため、その対処方法を変えさせるという事で解離した記憶を思い出させる事は意味を持つと考えられているが、現在その意味でアメリカ合衆国では全ての記憶を取り戻さなくてはならないという考えは支持されていない。[3]
精神分析では解離を抑圧の特殊な形式と見なしてきたが、現在の脳科学や認知心理学の観点からすれば抑圧は解離の特殊な形式であると考えた方がよい。ただし、虐待を受け記憶を喪失した場合にはいずれも経験していると考えられているため、多くの場合同様の現象として扱われる。
解離と抑圧は似たように扱われるが正確には異なる現象である。解離とは既存の認知の枠組みに組み込まないために起こる現象であり、抑圧とは当初は想起出来ても意識による著しい秘匿の支持によって起こる現象であると定義される[4]。レノア・テアは抑圧による記憶消去があった時のみ記憶がまざまざと蘇るのであって、取り込みの段階で解離してしまった記憶は曖昧な形でしか想起できないと述べている[5]。
また、抑圧された記憶の考えはただ忘れるだけではなくそれを後に取り戻す事ができるというため、その意味でも抑圧された記憶の概念と解離性健忘の概念は異なる。ただ、健忘の考えにはそれを思い出せるという考えは含まれている。しかしそれでも「抑圧された記憶」の概念と「健忘」の概念はそれぞれ異なるといえる。
また、「抑圧された記憶」は回復記憶療法で捏造された「虚偽記憶」の概念ともまた異なるため、それが偽りの記憶であっても「抑圧された記憶」が存在しないという事にはならない。また逆に、「抑圧された記憶」が存在するからといって「虚偽記憶」が存在しないわけでもない。
[編集] 支持的な論
支持的な論は主に神経生理学(脳科学)の分野に多い。ロフタスに反対する精神分析の流れを汲む還元主義者エリック・カンデルはCREBのブロックにより長期記憶の形成が妨げられる事実を発見し、記憶を忘れたり強化したりする事が人工的に可能であることを示した。そもそもロフタスが抑圧説の否定の根拠としたのはそういった神経メカニズムがないことであったのだが、彼の発見によりそれが否定された。
1990年代末には、複数の研究でコルチゾールという物質がトラウマティック・ストレスにより発散され、これが記憶の抑圧に関与しているらしいことがわかった。この物質がストレスにより誘発された場合には長期記憶で貯えられる情報の検索を妨げることができる[6][7]。この物質は海馬を損傷させる作用があり、この物質が大量に分泌された場合、実際に記憶の検索が妨げられ「抑圧された記憶」のような現象は起こりうる可能性がある。
また、精神活動の即時的効果を示す事を示す事の出来る脳スキャンのような新たな技術は神経生理学の分野に大きな進歩をもたらした。それらの説は心的外傷による海馬や扁桃体の変化に着目する(van der Kolk等の研究者)。それによると大脳新皮質において統合されないまま海馬や扁桃体(大脳辺縁系)に記憶が散在する事が抑圧された記憶を作り出すと言う。また、この記憶は体性感覚に連動して働くとも言われる。これは「潜在記憶」と「顕在記憶」に関係する話であり、これが正しければ潜在記憶を言語化させることには意味があるということになる。この記憶は危険な場面にあった際に次に同じような場面に遭遇した際に生命を守る可能性を少しでも高めるための学習であり、危険な場面に遭った際、通常の判断の場合に行われる場合の長い時間を短縮するために、前頭前野が通常行われる複雑な脳の処理を極限まで省いてしまうのだという [1]。ただし、これは身体の「フリーズ」を引き起こす可能性があり良い面ばかりではない。また、普通の人はトラウマティックな記憶を普通に思い出せるのに、PTSD患者の場合想起がフラッシュバックになってしまうという事実もある[8]。
また、実際に心因性の健忘は虚偽記憶と同様によく起こる事が分かっている。例えば、リンダ・マイヤ・ウイリアムズ(1994)の報告では健忘が起こるという事を確定的に示している。この調査では12歳未満で性的虐待を受け通報され救急病院で診察を受けた129人の女性を追跡調査したが、この女性たちの38%は「カルテにその事実が残っていたのに」17年後の調査時点で全く記憶がなかった。
[編集] 批判
抑圧された記憶には批判も少なくない。特に回復記憶セラピーにおいて虚偽記憶が作り出される可能性がエリザベス・ロフタスらにより指摘され、このような記憶が本当に実在するのか疑惑が上がった。この記憶に関する批判には、回復記憶セラピーにより記憶が捏造された事を反証として述べる場合がある。
実際に多くの捏造された記憶を植え込まれた人が出たのは事実であり、現在アメリカではこのような治療を行った場合免許証が取り消される可能性がある。この現象のためにこの記憶には虚偽記憶が含まれていると見なされており、司法の場ではこの記憶は信憑性がないとみなされる場合も少なくない。多くの裁判所はこのような訴えでも、厳密に審議されなければならない事は認めているのであるが、さほど実態には即していない。しばしば陪審員は加害者側に味方することがあった。
なお、抑圧された記憶の正体に関してはこれ以外にも忘れようとしているだけであるとか、普通に想起しているだけであるとか、トラウマ記憶以外を忘れているのだとか様々な話がある。また、ロフタスのいうように自分自身のわずかな体験を文化的ナラティブに当てはめようとして起こる(つまり過激に誇張している)場合も実際にある。こういった曖昧さも批判の対象となる。
また、多くのトラウマ被害者はその記憶を抑圧せず、むしろ何をしても頭から離れないものだという事も反論となる。しかし、これに関しては性的虐待のトラウマの質が「秘密」に包まれたものであり全く違うという反論がある。しかし、それならばなぜ全ての性的虐待記憶が抑圧されないのかという反論がこれになされる。だが、そういった事例はあるという反論もこれにはある。だがさらに、これに事例のみならず確証がもてるような証拠を出せるかといえば、やはり存在しないのではないかとも言われる。この議論に関しては事実上堂々巡りである。
なお、精神障害と近親姦の関連を指摘する文献が爆発的に増えたため、1994年には「米国精神医学学会誌」(American Journal of Psychiatry)はわざわざ全ての精神障害が虐待的父親のせいだとは限らないと念を押した[9]。また、抑圧された記憶があったとしても、その形が不完全である可能性がある。実際PTSD症状が激しい場合記憶の詳細が乱れるケースが多いため、あったとしてもまともな記憶の形をとれない可能性もある。
フラッシュバック (心理現象)
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フラッシュバック(flashback)とは、強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた場合に、後になってその記憶が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様に夢に見たりする現象。心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害に顕著である。
フラッシュバックという用語は過去に起こった記憶で、その記憶が無意識に思い出されかつそれが現実に起こっているかのような感覚が非常に激しいときに特に使われる。フラッシュバックは必ずしも映像及び音が存在するとは限らない。記憶には様々な要素があるため、フラッシュバックは「恐怖」などといった感情や味覚、痛覚など、感覚の衝撃として発生し得る。
フラッシュバックは、幼児期に経験した外傷体験を言語的に認識する能力を持たないまま記憶し、それでもなお忘れられない場合にも起こる。この、外傷体験を当初から取り込むことに失敗する現象のことを解離という。この記憶はまともに意識に上らないため、時間に抵抗し変造加工が困難である。また、それゆえにフラッシュバック性の記憶はその鮮明さにも拘らず言語化が困難でもある。さらに時間とともに霞がかからずむしろ原記憶よりも鮮明さは増す傾向が強い。
幼年期のトラウマの体験者は、これらの感情の記憶を意識化しないまま持っている可能性もあり、そしてフラッシュバックにおいてそれらを再経験する可能性がある。このような記憶は他には覚醒剤中毒者らが断薬後数十年を経て少量の覚醒剤により過去の記憶がまざまざと蘇る事などが挙げられる。
災害心理学(さいがいしんりがく)は、心理学の中で応用心理学と呼ばれているものの1つ。同じ応用心理学の中でも、教育心理学、産業心理学、犯罪心理学、臨床心理学などに比べると、最近の新しい研究部門。
地震、津波、火山噴火、台風などの自然災害や、火災、爆発、航空機事故や鉄道事故などの人為災害に対する人間の心理、行動的な現われ(恐怖、怯え、不安などの対処行動)など、又、そこからの生還など、行動科学的な指針を含めて、災害と人間心理の関係をめぐるテーマ群を扱う。災害での死別や悲哀、心的外傷後ストレス障害など、災害の前後の心理の変容や後に残る心の傷などの分析から、災害の予防、人間的な要因の2次被害拡大の防止も視野に入れる。
日本のように元々地震国で、自然災害との関わりの深い国では、これから研究が進む分野になっていくと予想される。
児童虐待
児童虐待(じどうぎゃくたい、child abuse)とは、子供・未成年者に対する虐待である。
法律による定義
日本では「児童虐待の防止等に関する法律」(平成12年法律第82号)において、
「保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう)がその監護する児童(18歳に満たない者)に対し、次に掲げる行為をすること」と定義されている(第2条)。そして、同条各号において列記されている行為は、次のとおりである。
- 身体的虐待
- 児童の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること。例えば、一方的に暴力を振るう、食事を与えない、冬は戸外に締め出す、部屋に閉じ込める。
- 性的虐待
- 児童に猥褻行為をすること、または児童を性的対象にさせたり、見せること。例えば、子供への性的暴力。自らの性器を見せたり、性交を見せ付けたり、強要する。
- ネグレクト(育児放棄、監護放棄)
- 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食、もしくは長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。例えば、病気になっても病院に受診させない、乳幼児を暑い日差しの当たる車内への放置、食事を与えない、下着など不潔なまま放置するなど。
- 心理的虐待
- 児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。心理的外傷は、児童の健全な発育を阻害し、場合によっては心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの症状を生ぜしめるため禁じられている。例えば、言葉による暴力、一方的な恫喝、無視や拒否、自尊心を踏みにじる。
[編集] 要因・状況
現在、良く知られている要因としては
などが挙げられるが、これらがなくても児童虐待が起こりうることは銘記するべきである。[要出典]。
また、虐待を行う親の一部には、自らも虐待を受けた経験がある場合も知られている。その割合については9.1%~39.6%と報告により様々である[1][2]。このような現象を斎藤学は「世代間伝達」で説明している[3]。
被虐待児が病院を受診し、虐待を受けたと思われた場合には担当でなくとも速やかに警察に通報する義務がある。[4]
[編集] 無自覚の虐待
虐待行為の中には、必ずしも自覚を伴わないものもある。ネグレクトなどではパチンコ関連で社会問題化もしているが、自動車内への放置などが「危険な行為」という認識もなく行われる事例が後を絶たず、業界団体より注意が呼びかけられ、また各店舗でも保護者に注意を呼びかけるといった活動が見られる。
その一方、揺さぶられっ子症候群に見るように、本人はあやしているつもりで負傷させるケースも警告されている。こちらでは、子煩悩ぶりを発揮して子供を喜ばせようと張り切り過ぎ、結果的に負傷させてしまうケースも報告されている。
[編集] 対策と課題
こうした子供の救済、保護を担当するのは、児童相談所であるが、特に緊急を要する場合は、警察がまず加害者である側から児童を引き離して保護し、しかる後に児童相談所に事態の収拾を預ける事もある。しかし令状なしに強制処分を行う権限を警察に与えることは危険すぎる為、現実的ではない。 行政警察活動の一環として警察が動くことは可能であるが、相手方親権者の同意を得ることができなければ警察もそれ以上手を出せないため、実際にはさほど行われていないのが実情である[5]。児童相談所では、それぞれのケースを調査し、親に対するアドバイスや援助を行ったり、児童に必要な医療措置を手配したり、必要な場合には、親権の剥奪や児童養護施設への児童収容を手配する事もある。
また、いずれも家庭内や施設内などの閉鎖環境において行われている事もあり、その大部分が暗数となっている。児童を保護する児童相談所にしても、事実関係の調査中に親権を盾に両親が保護した児童を連れ去ったり、醜聞を恐れて引越しをしてしまう・児童が親を庇おうとして被害を訴えたがらない・両親の親が介入して児童を親元に戻してしまう等の問題もあって、手遅れになるケースも少なく無い。
躾と体罰においては、現代でこそ度を越した体罰はトラウマの要因として問題視されてはいるが、近年までは全ての肉体的な苦痛を与え得る体罰が有効な教育方針として考えられていた背景があり、特に躾の名の下に単なる暴行を行う保護者の存在が、事態を悪化させる要因になっている。なお1980年代のアメリカでは菓子の包装紙にすら「ストップ・ザ・チャイルド・アビュゥズ」という標語が記されていた。児童虐待問題の社会的取り組みが行われているアメリカでは、「子供は社会で育てるもの」という意識のもと、警察・病院・民間団体など、社会全体で問題の解決に取り組んでいるのに対し、日本では「子供は親が育てるもの」という意識が根強いため、問題が潜行し、発覚した時には重大な事態に陥っている場合が少なくない。また都会はもとより、地方都市ですら地域全体で子育てを支えるという意識が希薄なため、虐待問題の負担が行政、特に児童相談所に集中するという問題が起きている。
このため近年では、増加する傾向にある日本国内の児童虐待に的確に対処すべく、従来は育児全般に関する相談を受け付けていた児童相談所だが、2003年9月に厚生労働省は「児童虐待と非行問題を中心に対応する機関」とする位置付けの変更を決定した。特に事件報道が増えるにつれ、社会的にも児童虐待に対する認識が広まり、隣人などからの通報により、事件が発覚するケースが増えている。
[編集] 児童虐待の「発見」
児童虐待が社会問題として浮上したのは比較的近年である[6]。特に近代以前においては、児童は親の所有物という考えが社会通念としてあったために、人身売買や、果ては口減らし(間引き)とする子殺しすら行われていた。平成7年の刑法改正により削除になるまで尊属殺で子が親を殺すのは厳罰であったのに、親が子を殺すのに対しては格別罰則を設けていなかったり、推定103人を虐待死させた寿産院事件では、主犯に下された判決は懲役4年であった。
また、民法においても、親権者による「必要な範囲内」での体罰は認められているため、現実に虐待と体罰の区別を明確にすることは難しいとされている。
- 旧刑法第200条(平成7年刑法改正により削除)
- 自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス
- 民法第822条
- 親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、又は家庭裁判所の許可を得て、これを懲戒場に入れることができる。
[編集] 過去に確認された事例
[編集] 何らかの影響を残した事件
- メアリ・エレン・ウィルソン事件(1874年4月)
- ニューヨーク市で起きた当時8才であったメアリ・エレンに養母のメアリー・マコーマック・コノリーが約6年に及ぶ心身的虐待を行ったという事実が世間に出ることに至った事件。この事件がきっかけとなり児童虐待防止法が生まれ、ニューヨーク児童虐待防止協会(New York Society for the Prevention of Cruelty to Children)が創立され、児童を虐待から救う活動が広がる。
[編集] 脚注
- ^ 「児童虐待の実態Ⅱ」東京都福祉局 2007.12月 http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/jicen/site_map/files/hakusho2.pdf
- ^ 慶應義塾大学加藤久雄研究会 http://www.law.keio.ac.jp/~hkatoh/gyakutai/2_1_B.htm
- ^ 「虐待(家庭内暴力)の世代間伝達の暴力を断つ-レジリエンスの視点から-」治療: 87:pp3155-3161, 2005.
- ^ 「児童虐待の防止等に関する法律」においては、発見した者全てが児童相談所等に通報の義務がある(第6条)と定められている。また、通告義務は他の法が定める守秘義務より優先される(同条2項)ことも同時に定められている
- ^ 警察の援助については児童虐待防止法第10条で規定されているが、現実的に児童相談所と警察が連携した対応はほとんど行われていない。
- ^ 「親は子供に折檻を行うもの」という常識が世界的に受け入れられ、最近までは全く問題視されなかったという側面もある。
EMDR
EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing;眼球運動による脱感作および再処理法)は、フランシーン・シャピロにより開発された心理療法。比較的新しい治療技法であり、特にPTSDに対する有効性で知られている[1]。なお、発案当初はEMD(Eye Movement Desensitization)と呼ばれており、1990年にEMDRと命名された。
概要
PTSDを始めとして、パニック障害、恐怖症、解離性障害などへの適用も報告されている心理療法である。 開発の初期から効果研究による実証がされており[2]、その後もいくつもの効果研究がEMDRの有効性を明らかにしている[3]。国際トラウマティック・ストレス学会は、2000年にEMDRを有効なトラウマ治療法として認定した。
左右に振られるセラピストの指を目で追いながら、過去の外傷体験を想起するという手続きを用いることで知られている。ただし、正規の過程はアセスメントや日誌記録などを含む8段階から構成されており、眼球運動による介入が行われるのはそのうちの第4~6段階である。また、想起された記憶だけでなく身体感覚や自己否定的認知なども眼球運動による脱感作のターゲットになる。近年では、指を左右方向に振って追従させることに必ずしもこだわらず、クライエントの特性(視覚障害者、ADHD児など)に合わせた工夫も提案されている。子どものトラウマに対する心理療法であるバタフライハグも、EMDRの変法である。
治療効果が生起するメカニズムについては諸説があり、なお解明の途上である。外傷体験に対する脳の処理プロセスが促進されるとも言われ、レム睡眠や定位反射といった生理過程との関連も論じられている。マインドフルネスやリフレーミングといった認知行動療法的な技法、行動療法のエクスポージャー、精神分析の自由連想などに類似した要素も関わっているとする見方もある[4]。
虚偽性障害
虚偽性障害(きょぎせいしょうがい)は、病状などについて虚偽を並べ立てる精神疾患の一種である。過去には詐病とされていたが、近来治療の対象とみなされるようになった。病状には以下のような特徴がある。
- 病気の症状を意図的に捏造する
- 詐病(刑罰の軽減や保険金をもらうのが目的)と違い、経済利得、法的責任の回避などの動機でない
- 病人として医師や看護師に大切にされるという、病気利得を得ることが目的である 。
病型
DSM-IVの医学分類では、心理的症状が優勢な虚偽性障害と身体的症状が優勢な虚偽性障害に二分される。
「心理的徴候と症状が優勢なもの」(DSM-IV:300.16)
- あらゆる同情をひくことができる精神病でおこりうる。精神疾患を疑わせる症状の意図的産出若しくは偽装をする。
「身体的徴候と症状が優勢なもの」(DSM-IV:300.19)
- 腫瘍、なかなか治らない傷、痛み、低血糖、貧血、出血、けいれん、めまい、失神、嘔吐、下痢、原因不明の発熱などの症状を訴える事が多い。身体的症状が優勢な虚偽性障害の内、特に重症で慢性のものをミュンヒハウゼン症候群と呼ぶ。
「心理的および身体的徴候と症状を併せ持つもの」(DSM-IV:300.19)
- 心理的、身体的双方共に症状を訴えるがどちらが優勢か区別できないものである。分類上は、「身体的徴候と症状が優勢なもの」と同じに扱われる。
精神関係の相談に応じた患者の約1%が、虚偽性障害と診断される。高度医療を要する医療機関における有病率は、更に高くなると言われている。患者の比率は男性より女性が多いが、慢性型のミュンヒハウゼン症候群は、男性に多いと言われている。
[編集] 詐症の手口
この障害の人は、急性の身体症状を訴え、病院を訪れては応急処置や検査を受ける。病気を装う手口として、最も有名なものには発熱がある。監視者の目を盗んで体温計を擦り摩擦熱で発熱を訴えるといった方法が使われる。
他には、砂糖を尿に混ぜ糖尿病を装う、卵白を尿に混ぜて腎臓病を装う等、繰り返し同じ箇所を自傷してなかなか治らない傷を作るなど、様々な方法を使って入院しようとする。
また、心理的症状が優勢なケースの場合、意図的に大雑把や間違った答えを行ったり、精神疾患の症状を意図的に作り出すために、精神に作用する物質・薬などを利用する場合がある。
[編集] 詳細
この障害の持ち主は、自分の病気の遍歴を劇的に語るが、詳細に問われるとその中身が急に曖昧で、一貫性が無くなる。また、病気に関してきわめて聞き手の興味を持たせる話をすることが多い。
一般的に医学用語や病院に関する知識が豊富であり、これらの用語を駆使して嘘の病状を訴える空想虚言癖を持つ事が多い。最初に訴えた症状が陰性だと分かると新たな訴えを始め、虚偽症状を作り出す。また病院によって、症状を否定・虚偽だと通告されると、即座に退院し、別の病院へ放浪したりすることもある。
この症状をもつ人の根本的な動機は、被虐嗜好や幼児期の満たされなかった愛情を満たすことであり、そのため、一般の人が避ける手術などを世話をしてもらえるという理由で、積極的に受けたがる。
しかし、嘘はいつまでも通用せず、矛盾した検査結果などで作為的な身体症状である事が暴露される。反応は、多くの場合逃げ出す事で、他の病院で新たな身体症状を作り上げて入院するといったことを繰り返す。医者は、治療の努力を裏切られた事から怒りをもつ事が多い。身体症状領域だけでなく、精神病領域でも約0.7%の虚偽性障害の人がいる。
この障害では、本人だけでなく子供などを利用する場合があり、そのときも騙すための手口は同じである。騙すための手段や、不必要な手術を経ることによって、実際に子供がダメージを負う事が多く、死に至る場合もある。母親と引き離すことによって"病状"は回復する。これは『代理ミュンヒハウゼン症候群』と呼ばれる。病型
DSM-IVの医学分類では、心理的症状が優勢な虚偽性障害と身体的症状が優勢な虚偽性障害に二分される。
「心理的徴候と症状が優勢なもの」(DSM-IV:300.16)
- あらゆる同情をひくことができる精神病でおこりうる。精神疾患を疑わせる症状の意図的産出若しくは偽装をする。
「身体的徴候と症状が優勢なもの」(DSM-IV:300.19)
- 腫瘍、なかなか治らない傷、痛み、低血糖、貧血、出血、けいれん、めまい、失神、嘔吐、下痢、原因不明の発熱などの症状を訴える事が多い。身体的症状が優勢な虚偽性障害の内、特に重症で慢性のものをミュンヒハウゼン症候群と呼ぶ。
「心理的および身体的徴候と症状を併せ持つもの」(DSM-IV:300.19)
- 心理的、身体的双方共に症状を訴えるがどちらが優勢か区別できないものである。分類上は、「身体的徴候と症状が優勢なもの」と同じに扱われる。
精神関係の相談に応じた患者の約1%が、虚偽性障害と診断される。高度医療を要する医療機関における有病率は、更に高くなると言われている。患者の比率は男性より女性が多いが、慢性型のミュンヒハウゼン症候群は、男性に多いと言われている。
[編集] 詐症の手口
この障害の人は、急性の身体症状を訴え、病院を訪れては応急処置や検査を受ける。病気を装う手口として、最も有名なものには発熱がある。監視者の目を盗んで体温計を擦り摩擦熱で発熱を訴えるといった方法が使われる。
他には、砂糖を尿に混ぜ糖尿病を装う、卵白を尿に混ぜて腎臓病を装う等、繰り返し同じ箇所を自傷してなかなか治らない傷を作るなど、様々な方法を使って入院しようとする。
また、心理的症状が優勢なケースの場合、意図的に大雑把や間違った答えを行ったり、精神疾患の症状を意図的に作り出すために、精神に作用する物質・薬などを利用する場合がある。
この障害の持ち主は、自分の病気の遍歴を劇的に語るが、詳細に問われるとその中身が急に曖昧で、一貫性が無くなる。また、病気に関してきわめて聞き手の興味を持たせる話をすることが多い。
一般的に医学用語や病院に関する知識が豊富であり、これらの用語を駆使して嘘の病状を訴える空想虚言癖を持つ事が多い。最初に訴えた症状が陰性だと分かると新たな訴えを始め、虚偽症状を作り出す。また病院によって、症状を否定・虚偽だと通告されると、即座に退院し、別の病院へ放浪したりすることもある。
この症状をもつ人の根本的な動機は、被虐嗜好や幼児期の満たされなかった愛情を満たすことであり、そのため、一般の人が避ける手術などを世話をしてもらえるという理由で、積極的に受けたがる。
しかし、嘘はいつまでも通用せず、矛盾した検査結果などで作為的な身体症状である事が暴露される。反応は、多くの場合逃げ出す事で、他の病院で新たな身体症状を作り上げて入院するといったことを繰り返す。医者は、治療の努力を裏切られた事から怒りをもつ事が多い。身体症状領域だけでなく、精神病領域でも約0.7%の虚偽性障害の人がいる。
この障害では、本人だけでなく子供などを利用する場合があり、そのときも騙すための手口は同じである。騙すための手段や、不必要な手術を経ることによって、実際に子供がダメージを負う事が多く、死に至る場合もある。母親と引き離すことによって"病状"は回復する。これは『代理ミュンヒハウゼン症候群』と呼ばれる。
パニック障害
パニック障害(パニックしょうがい)は、強い不安感を主な症状とする精神疾患のひとつ。パニックディスオーダー(panic disorder)とも呼ばれる。従来、急性不安神経症と呼ばれていた慢性疾患で、panic disorder からPDと略記される場合もある。かつては全般性不安障害とともに不安神経症と呼ばれていたが、1980年に米国精神医学会が提出したDSM-IIIで診断分類の1つに認められ、1992年には世界保健機関 (WHO) の国際疾病分類(ICD-10)によって独立した病名として登録された。
主な症状
定型的なパニック障害は、突然生じる「パニック発作」によってはじまる。続いてその発作が再発するのではないかとおそれる「予期不安」とそれに伴う症状の慢性化が生じる。さらに長期化するにつれて、症状が生じた時に逃れられない場面を回避して、生活範囲を限定する「広場恐怖症」が生じてくる。
[編集] パニック発作
パニック障害の患者は、突然、動悸などの自律神経症状と強い不安感に襲われる。自律神経症状には、めまい、動悸、手足のしびれ、吐き気、息苦しさなどがある。不安感には、漠然とした不安と、死ぬのではないか、気が狂うのではないかなどの恐怖感がある。患者は、これらの症状に非常に困惑し、救急受診をすることも多い。しかし、これらの症状は、特別な処置がなくとも、多くは1時間以内に、長くとも数時間のうちに回復する。これが「パニック発作」である。
[編集] 無意識身体拒絶反応
精神的な症状でなく体が思う通りに動けない状態になることがある。これはイップスといい、スポーツ選手に発生しやすい症状である。
[編集] 予期不安
患者は、パニック発作に非常に強烈な恐怖を感じる。このため、発作が発生した場面を非常に恐れ、またあの恐ろしい発作が起きるのではないかと、不安を募らせていく。これを「予期不安」という。そして、患者は神経質となり、いつも身体の状態を観察するようになる。そして、持続的に自律神経症状が生じることとなり、パニック発作が繰り返し生じるようになっていく。
[編集] 広場恐怖
パニック発作の反復とともに、患者は発作が起きた場合にその場から逃れられないと思われる状況を回避するようになる。回避される状況としては、電車や飛行機、歯科、理・美容室、レジを待っている時、道路の渋滞など、一定時間特定の場所に拘束されてしまう環境や、ショッピングモールなど人込みの中などがある(他にも、人によって広場恐怖の種類は様々である)。さらに不安が強まると、患者は家にこもりがちになったり、一人で外出できなくなることもある。このような症状を「広場恐怖(アゴラフォビア)」という。広場恐怖の進展とともに、患者の生活の障害は強まり、社会的役割を果たせなくなっていく。そして、この社会的機能障害やそれに伴う周囲との葛藤が、患者のストレスとなり、症状の慢性化をさらに推進していくこととなる。
広場恐怖の記事も参照。
[編集] 二次的うつ
予期不安や広場恐怖により社会的に隔絶された状態が続くと、そのストレスや自信喪失などによってうつ状態となることも少なくない。元来うつの症状が見られなかった患者でも、繰り返し起こるパニック発作によって不安が慢性化していくことでうつ状態を併発し、実際にうつ病と診断されるケースも多く報告されている。 但し、これはパニック発作に起因して二次的に発症した別個の疾病であり、パニック障害そのものの症状とは分けて考える必要があるというのが一般的である。
本頁内「疫学など」に関連データ。
[編集] 診断
「予期しないパニック発作」が繰り返し発生し、それらに対する予期不安が1か月以上続く場合、パニック障害の可能性が疑われる。突然のパニック発作で始まり、予期不安を生じ、症状が持続するようになり、広場恐怖に進んでいくという経過の確認も、臨床診断においては、重要であるとされる。実際の臨床場面では、パニック障害は、広場恐怖を伴う慢性化したものと、広場恐怖を伴わない軽症例の2つに区分される。
診断基準としては、アメリカ精神医学会『DSM-IV 精神障害の診断と統計の手引き』が用いられることが多い。
なお、PTSD・うつ病・強迫性障害などの精神疾患の症状の一つとしてパニック発作を併発する場合があるが、この場合は、これらの病気の症状の一つとして扱われ、パニック障害とは診断されない。また身体疾患が原因になっている場合もパニック障害とは診断しない。
[編集] 疫学など
疫学的には、生涯有病率1.6%–2.2%と言われる。男女ともに起きる疾患だが、女性の罹患率が2倍程度といわれる。
その原因について従来は、心理的な葛藤が根本にあると思われてきた。しかし、近年認知行動療法の有効性が明確となり、心理的「原因」よりも、症状に対する患者の対処が症状進展のメカニズムとしては重視されるようになった。また薬物療法の有効性も確認されており、生物学的因子があるという意見も強くなっている。
パニック障害の重症度は様々であり、軽度の患者もいれば重度の患者もいる。重症例では、適切な治療を受けないまま経過すると、数年間にわたって外出できないなど、日常生活や社会生活に大きく支障をきたす場合もある。特にパニック障害という病名がまだ広まっていなかった時代に初発した患者の中には、広場恐怖の程度が重く、長期化する例を見ることが、比較的多い。
なお、パニック障害にうつ病が併発する場合が少なくはなく、日本では約3割、欧米では約5–6割といった統計も出されている。
[編集] 治療
治療的には、薬物療法と精神療法があり、様々な治療が有効性を認められている。
精神療法において、最も基礎的で重要なものが「疾患に対する医師の説明」「心理教育」である。パニック障害は、発作の不可解さと、発作に対する不安感によって悪化していく疾患であり、医師が明確に症状について説明し、心理教育を行うことがすべての治療の基礎となる。
精神療法の中で、有効性について最もよく研究されているのが、認知行動療法である。認知行動療法では、「恐れている状況への暴露」「身体感覚についての解釈の再構築」「呼吸法」などの訓練・練習が行われ、基本的には不安に振り回されず、不安から逃れず、不安に立ち向かう練習を行う。系統的な認知行動療法を行う施設は、日本には多くはないが、臨床医は、認知行動療法的な患者指導を行っている場合が多い。
その他、EMDR、森田療法、内観療法による介入も有効とされている。
[編集] 薬物療法
薬物療法では、発作の抑制を目的に抗うつ薬(SSRIや三環系抗うつ薬・スルピリド)が用いられ、不安感の軽減を目的にベンゾジアゼピン系抗不安薬が用いられる。これらの薬物には明確な有効性があり、特に適切な患者教育と指導と併用した場合の有効性は極めて高い。また最近は、新型抗うつ薬であるSSRIの有効性が語られることが多い。しかし、SSRIの代表とされるパロキセチン(パキシル)では、飲み忘れ等で服用を中止した数日後に起きる激しいめまい・頭痛などの離脱(禁断)症状が問題となり、パニック障害に対する安全性・有用性に疑問も呈されている。一方、米国ではベンゾジアゼピン系の抗不安薬の依存性が問題とされることが多いが、日本では、成人の定型的パニック障害では問題とならないのではないかという意見も多い。
[編集] 認知行動療法
- 暴露反応妨害法(暴露療法)
- 不安が誘発される状況に想像的 (in vitro) または体験的 (in vivo) に身を置き、回避しないことで徐々に慣れる
- 呼吸法
- 過呼吸にならないようなリラクゼーショントレーニング
- 筋弛緩法
- 筋肉を緩めるリラクゼーショントレーニング
[編集] 自分で出来る認知行動療法
パニック障害であると精神科医に診断され、投薬を受けていても、その医師の専門とする分野がパニック障害ではなく、十分な認知行動療法的な指導を受けられない場合もある。このような場合に、参考となる考え方を以下に記述する。
- まずこれまでの症状の流れを再確認して、本稿の最初の症状の部分と一致することを確認する。そして、初回のパニック発作の後、「また発作が起こるのではないか」という予期不安が生じ、その不安のため身体の状態を観察する姿勢が持続し、予期不安と自己観察によって自己暗示がかかって、症状が生じてきていることを確認する。
- この症状がパニック障害であり、死や、発狂に至るものではないことを、理屈の上では、納得する。出来ない場合には、医師に再度相談する。
- 症状の流れを振り返り、「恐ろしい症状が起きないように」生活しようとして、不安から逃れる姿勢を取ることが、予期不安を強化し、自己暗示の悪循環を作っていることを理解する。不安から逃れるための回避行動、日常生活の制限は、うつ病を発症させる可能性があるので、ただちにやめることが必要である。
- 日常の行動から「不安に左右されず」「不安は不安のまま置いておき」「不安を無視をして、生活をする」ことを心がける。
ただし、焦りなどから無茶をして発作を起こしてしまうケースも多く、医師と相談したり、今の自分の状態に合わせてゆっくりとステップアップするように焦らずにすることが大切である。
[編集] 周囲の理解
広場恐怖などの重篤な症状があっても一見すると健康体と変わらないことから、往々にして「気の持ちよう」「怠けているだけ」と捉えられがちであったり、治療にはある程度の長期間を要するなど社会的なサポートも必要な疾病であるため、家族や恋人、職場などといった周囲の理解を得る(周囲が理解してあげる)ことも早期寛解につながる重要な要素である。しかし、過度の保護は本人の症状を正当化し治癒から遠ざけてしまうこともあるため、接し方については医師との対話が重要である。
[編集] 注意すべき点
パニック障害という概念の歴史が浅いこともあり、中高年医師がこの概念を学生時代には学んでおらず、精神科もしくは心療内科以外の診療科では診断が困難となる場合がある。
また、患者側も、心臓など身体に問題があるととらえてしまい、別の診療科を回ってしまう場合もある。
これらの条件のため、長期間適切な診断がなされない場合のあることを念頭に置いておく必要がある。このため、パニック障害の疑いがあると思うときには、精神科・神経科・心療内科を受診する必要がある。
[編集] その他
- 脳幹の青斑核が誤作動し、脳内の神経伝達物質(ノルアドレナリン、セロトニン、GABA)の異常分泌がパニック障害の直接的原因であるといわれているが、まだ完全には解明されていない。
- 最近は心の病と考えるより脳機能障害として扱われるようになっている。
[編集] 類似する病気
うつ病
うつの反対に躁状態になることもあります。
うつ病(うつびょう、鬱病、欝病)とは、気分障害の一種であり、抑うつ気分や不安・焦燥、精神活動の低下、食欲低下、不眠などを特徴とする精神疾患である。
アメリカ合衆国の操作的診断基準である DSM-IV-TR などでは、「大うつ病」(英語: major depression)と呼ばれている。
うつ病は、従来「こころの病気」とされてきたが、最近の研究では「脳の病気」ととらえ、うつ病患者の脳内に不足している脳内物質(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなど)の分泌を促進させる薬物療法などが主流になってきている。
あまり生活に支障をきたさないような軽症例から、自殺企図など生命に関わるような重症例まで存在する。うつ病を反復する症例では、20年間の経過観察で自殺率が10%程度とされている。
なお、男女比では、男性より女性のほうがうつ病に罹患しやすいとされている。
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